介護・福祉事業者向け業務管理システム「福祉の森」: コラム

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第7回 母の教える究極の包括ケア

皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。わたくしの寄稿も残すところあと3,4回となるのでしょうか。残された回数のなかでどんな大切なことをお話させていただこうか色々と考えています。

いままで、「認知症ケアは包括ケア」と言ってまいりました。今、わたくしは自宅で母の介護をしております。自分としては仕事を持っており出張も多いので、母はこれまで施設で暮らしておりました。私の兄弟、姉妹は全部で4人。皆、配偶者がおりますが、親の介護までしようという子供は、世の中にそう多くはなさそうです(笑)。

母の認知症症状は、10年ほど前、軽い物忘れで始まりました。当時私が主人と病院を経営しており(現在は地域産科医不足の課題に貢献すべく「駒ヶ根高原レディスクリニック」を開設準備中です。)父が亡くなったのをきっかけに自宅に帰らず、病室に住みついてしまいました。病室のみの生活は単調すぎてこれではいけないと思い、何年後かに建てたケアハウスに移ってもらいました。

ケアハウスでの業務に、かなりの生活リハの視点で体操、歌、外出をいれ、しかも毎日週5日デイ・ケアに通うことにしました。デイでの主任さんやスタッフの方たちの関わりはとても熱心で、リハビリスタッフといっしょに様々な関わりをしてくださいました。数年穏やかに暮らしておりましたが、それでも記憶障害が進んできてケアハウスでの生活が無理となりました。

認知障害が中度になってきますと、毎食後の歯磨き、毎日の下着、洋服、くつしたのはきかえができなくなり、娘が毎日訪ねての世話はなかなかできず、有料老人ホームに入居しました。認知症、高血圧、糖尿病、下肢の循環不全による夜間の足の引き連れ、爪疥癬、足のむくみなど様々な症状とそれに対応する細かいケアが必要であったため、ヘルパーさんに頼みやすかったこともあり、外部ヘルパーを利用しておりました。しかし何か月かすると身体機能の低下が強くなり、数十メートルの歩行ができなくなったため、次にグループホームに移りました。母は個室でないと生活できず、大型の多床部屋ではなじまないと判断し、グループホームの生活になったわけです。

しかし、ここでも毎日慣れたデイ・ケアに週5日通い、転倒体操や歌など生活活動は盛んに参加していたわけです。(グループホームにいて、なんでデイにいかれるの?とお思いでしょうが、プラスの活動で、そのような方法を行う法人もなかにはあります。)こうした生活は母にとっては病状の進行予防には大変良かったとおもいますが、一年近くすると傾眠傾向が強くなり、また体力も非常に落ちてきました。

娘の私が訪ねて行っても、もう娘とわからなくなっており、数十メートルも歩けず、来年はおそらく母はいないだろう、あと2,3か月なのかもと思い家へ連れて帰り最期を看取ろうと思ったわけです。ちょうど去年の12月だったわけです。

さあ、ここから重症認知症の母の介護が始まったわけです。結果は???

医療法人ゆりかご  山田思鶴



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